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12
2016/01/18

ヘンリーおじさんの英語(その2)

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「えりが出てないわよ!」の英語

 

友人の Alex から「ヘンリーおじさんの英語(パート2)」が届きました。興味ある2、3の点についてコメントしたいと思います。

 

今回の質問その1は:

ブラウスの襟が上着の上に出ていない時、「えりが出ていないわよ!」はどう表現しますか?

 

ヘンリーおじさんの回答:

Your collar has to show.(えりが見えたほうがいいよ)こんな感じで十分だと思います。 

 

質問にある「えりが出ていないわよ!」をそのまま英語に直訳すると、ふつうは否定形を使うことになると思います。ヘンリーおじさんが肯定文で答えたところがいかにも英語的だと思いました。私が学生の頃、英作文の教授がこう言っていたのを思い出します。「日本語は否定の言語、英語は肯定の言語だと思いなさい。日本人は英語を使う時、否定形を使いすぎる。Don’t you mind if I smoke? とか Don’t you understand what I mean? なんていうのはダメでしょう?」

 

質問その2:

子供に乾燥防止のクリームを塗っています。「クリームを塗る」は、なんと言えばいいですか?

 

ヘンリーおじさんの回答

Apply も 使えますが、もっとシンプルに、Put on the cream. でも十分通じます。

「クリーム」は cream で間に合ってしまいます。 Ointment を使っても良いですね。

 

この答えの中でヘンリーおじさんは apply よりも put on の方がシンプルだと言っています。Put on のどこが apply よりもシンプルなのでしょう? それは多分、put が英語では日常よく使われる基本的な動詞の一つであるということと関係があるのかもしれません。または(独断的かもしれませんが)apply の語源がラテン語で、put の語源が中期英語であることと関係があるのかもしれません。英語のネイティブスピーカーにとっては、ラテン語に語源をもつ語よりも、中期英語に語源をもつ語の方がより身近な(「シンプル」な)感じがするのかもしれません。

 

最後に、ヘンリーおじさんは「クリームを『ちょんとつける』」を次のように英訳して、それに対してコメントしています。

    You can apply a tiny bit of the cream on top of your nose.

    日本語では「ちょんとつける」という言い方ですが、英語では、「つける量」の説  
 明に重点が置かれるのが、比較として面白いと思いませんか?

 

私もこの違いは面白いと思いました。日本語では「ちょんと」という擬音語を使って、いわば感覚的に表現しているところを、英語では「つける量」(“a tiny bit of the cream”)に言及して、いわば論理的に表現しているところがおもしろいと思います。


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2016/01/16

拡大辞についての修正

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2015年12月30日投稿の「拡大辞(2)」に一部修正したいことができました。記事の最後は次のようになっていました。
「ちなみに、拡大辞は英独仏語にはなく、イタリア語に特徴的なものだそうです。」
訂正:「イタリア語に特徴的」ということはなく、スペイン語、ポルトガル語にもあるということを友人(通称 Alex)から指摘されました。Alex, ありがとう。

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2016/01/11

Because I like drawing ではダメか?

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またまた中3生Kさんからの質問です。Kさんは下に示す質問文Qに対してA1 のように答えたのですが、先生(T)はそれではダメで、A2が正解だというのだそうです。「どうしてA1ではダメなのでしょうか?」というのがKさんの質問です。

 

Q: Why do you like the subject?(どうしてその教科が好きなのですか。)

A1 (K): Because I like drawing.(絵をかくのが好きだからです。)

A2 (T): Because I like drawing, I like the subject. (絵をかくのが好きなので、その教科が好きです。)

 

注:「絵をかく」というのは「色を使わないで絵をかく」という意味です。線画です。

 

私の考えではKさんの答えが正しく、Tさんの答えは少しヘンだと思います。Tさんの答えのどこがヘンなのでしょう?

 

Tさんの答え Because I like drawing, I like the subject. は前半(理由を述べている Because . . .の部分)と後半(結論を述べている I like . . . の部分)に分かれます。Why do you like the subject? への回答は前半の部分で終っています。後半部分はいらないような気がします。しかも、like the subject は質問文の一部を繰り返しているに過ぎません。

 

おおまかな言い方をすると、A2の前半部は新しい情報(絵をかくのが好きなので)を含んでいます。これに対して、後半部は古い情報(like the subject)を繰り返しています。ここでは新しい情報と古い情報を並べる順序が問題なのです。英語ではふつう、古い情報が先で、新しい情報はできるだけ文の後半にもってきます。しかし、A2では「新情報→旧情報」の順になっているのでヘンなのです。ですから、A2の文は次のように修正すれば少し改善されるかもしれません。

    I like the subject because I like drawing.

それでも、I like the subject の部分は不要だというネイティブスピーカーは少なくないと思います。新情報の Because I like drawing. だけ答えれば充分だと考えるからです。

 

最後に(これは私の想像ですが)、Tさんが Kさんの Because I like drawing. はダメと言った裏には、従属節(この場合、because 節)だけで答えるのは「略した言い方」で「正式な言い方」ではないという考えがあるのかもしれません。日本では、伝統的な英語の先生はそういう教え方をしてきました。例えば、

    Who went to Tokyo with Mr. Johnson this morning?
という問いに対する答えが Mary
であった場合、その答えは 
    Mary went to Tokyo with Mr. Johnson thismorning. 
でな
ければならない、とするような考え方です。しかし、このような考えはある意味で間違っています。つまり、英語には文(シンタックス)に関する規則のほかに談話に関する規則というものもあるからです。Mary went to Tokyo with Mr. Johnson this morning は文の規則という観点から見れば全く問題はありません。しかし、ふつう英語ではそのようには言わず Mary did. と答えます。質問にあった Tokyo with Mr. Johnson this morning の部分は繰り返さないのが英語の談話の規則(コミュニケーション場面でどう言うか、に関する規則)だからです。

 

「文法的に正しい文をつくる」ことと「英語として適切な表現をする」ことは別物だということです。


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2016/01/07

A cake か cakes か?

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A cake cakes か?

 

中3生のKさんがこんな質問をもってきました。

「私はケーキを焼くのが好きです」の英訳は次のうちどれがいいのですか?

 

      1. I like baking a cake.

  2. I like baking cakes.

  3. I like baking cake.

 

私には2.と3.がよさそうに思えたのですが、強い根拠もなかったので友人(日本人)に尋ねたところ、友人はネイティブスピーカー5人に訊いてくれました。結果は全員「2.の文が最も自然」という回答でした。恐らく、冠詞なしで複数形の cakes が「ケーキというもの」という総称を表わす表現として好まれたのだろうと思います。しかし、cake が不可算名詞(数えられない名詞)だということを考えれば、冠詞なしで単数形の cake も総称表現としては受け入れられるのではないかと私は考えていました。ネイティブが3.の文をあまり認めてくれなかったのは残念でしたが、ネイティブの中のお一人(E さんと呼びましょう)が3.の文に関してとても興味あるコメントをしているので、それをご紹介しようと思います。以下、E さんの回答のメール文を引用します。

 

Regarding the question, I’d go with number 2—I like baking cakes.  Iwould not choose number 1.  Number 3 is okay for referring to cake as an uncountable but number 3 is good because the listener would imagine a variety of cakes being made.  The listener would most likely follow up with a the [sic] question, "Oh, what kind of cakes do you like to make?"

(長澤注:sicは「原文のまま」の意味です。)

 

ここで E さんは2.の文を「もっとも自然」としながらも、3.の文も2つの観点からokay だと言っています。一つは cake は不可算名詞だから cake のままで総称としてのケーキ(ケーキというもの)を表わすことができる、という判断。もう一つはcake とだけ言うと、聞き手はいろいろなケーキのことを考えて「どんな種類のケーキなんですか」と聞きたくなる、というのです。初めに cake としか言わないと、相手に上のような質問を促す会話になる、それがネイティブらしい会話の運び方だとE さんは言いたいようです。E さんは更に続けます。

 

Your choices are 2 and 3 depending on the speakers [sic] intention and the situation.  Number two might be from a person who really makes a lot of cakes...perhaps two or three at a time.. and a variety of cakes.  Number three might be from a purely native English speaker who makes cake from time to time... and focuses on the cake and doesn't vary so much.  The “s” in cakes really draws attention to the differences in size and type and occasion. 

 

2.の文はさまざまな種類のケーキをたくさんつくる人の場合に当てはまる、と言っているのに対して、3.の文は「純粋なネイティブスピーカーが使う言い方かも知れない」と言っています。これはどういう意味でしょうか。私は次のように理解します。純粋なネイティブスピーカーならば、焼くケーキの種類とか量など余計なことを問題にしないで、単に「ケーキを焼く」ということに焦点を合わせた表現(つまりbaking cakeという表現)をするのではないか、ということです。

 

この質問で私を悩まし、考えさせてくれたKさんにお礼を言います。また、私の極めて主観的な解釈を修正し、事柄の真相を明らかにして下さるご意見をお待ちしています。


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2015/12/30

曖昧なのは日本語か、英語か?

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「あいまいなのは日本語か、英語か?」と自問したのは今井邦彦という人です。氏は、日本語はその解説好きな性格ゆえに表現が説明的で長く、英語は全部を言わないで、相手に意味を忖度させるところがあるので、ある意味で曖昧だというのです。氏は次のような例をあげて説明します。氏によれば、次のような表現はイギリス人がごく普通に使う表現だと言います。

 

(a)    You jumped the line.

(b)   You’re blocking my view.

(c)    You saw me but didn’t recognise me.

 

和訳するとそれぞれ次のようになります。

 

(a) あなたは列に割り込みをしました。

(b) あなたは私の視野を妨げています。

(c) あなたは私の顔を見ましたが、知らん顔でした。

 

(a)-(c)は日本語の文法に合っているのにどこか変だというのです。そこで氏は同じ文を「意訳」してみせます。

 

(a) 割り込みはやめなさい

(b) そんなところに立たれたら、私が舞台を見られなくなるじゃありません
  か。どいてください

(c) 人の顔を見ておきながら、「やあ!」とも言わないなんてひどいわ

 

氏の主張はこうです。日本語では下線を引いた部分にメッセージの中心がある(相手に対する要求や非難)。英語では「割り込みはやめなさい」の「やめなさい」の部分を言わずに「あなたは割り込んでいます」しか言わないで、あとは相手の理解を待つという考えです。逆に、日本語では下線部を言わないと間が抜けた感じになるというのです。(「あなたは割り込んでいます」で要望や注意になるでしょうか。)

 

日本語では「どいてください」とひと言いうのでも、「そんなところに立たれたら、私が舞台を見られなくなるじゃありませんか」という説明をつけなければ、日本語として充分な表現とはいえないようです。

 

(『あいまいなのは日本語か、英語か?』ひつじ書房)


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2015/12/30

A boy is in the garden. はなぜおかしいか?

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A boy is in the garden はなぜおかしいか?

 

ここに A boy is in the garden. という文があります。これをいきなり聞かされた大抵のネイティブスピーカーは It’s odd. と言うでしょう。どこがおかしいのでしょう?

 

Is は「存在する」という意味、主語と動詞の数も一致している、「一人の少年が庭にいる。何も問題ないじゃないですか?」というのが普通の反応かもしれません。そう、確かに文法的にはおかしいところはないと思います。しかし、わが崇敬する言語学者は意味的におかしいと言うのです。(村田勇三郎・成田圭市. 『英語の文法』大修館書店) この本は上の文を「新情報」と「旧情報」という観点から次のように説明します。

 

Boy a がついたらそれは新情報である。つまり、話し手は聞き手が知らない少年のことを話している。(The boy The がつけば、話し手と聞き手が知っている少年のことについて語っている、つまり「少年」は旧情報ということです。)

 

わが言語学者はこの文の適・不適をシンタックス(文)の規則と言うより、談話の規則から判断しているのです。曰く、 

  英語は新情報を文頭にもってくることを嫌う。

  (つまり、新情報はなるべく文の後半にもっていく、という制約があると
    いうことです。)

 

この場合だと、「少年」をできるだけ文の後半に持ってきたい。解決策は? Thereis 構文を使えばよいのです。そこで There is aboy in the garden.  boy の出現を少し遅らせます。これで文法的(統語的)にも意味的にもOKとなります


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2015/12/30

拡大辞(2)

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拡大辞(2

 

拡大辞について、その後、うちのイタリア通の娘から新情報が入りました。

 

carzo  もともとの意味は「靴下」 です。形が似ているところから、その形を
    したパイ(というか、ピザの
ような食べ物)の意味です。 これが

carzoneになると「でっかいパイ」という意味になります。oneが拡大辞で
    す。

 

次は人名の Marco.これに oneがついて Marconeになると、「(身体が)でっかいマルコ兄ちゃん」になります。(「兄ちゃん」は実際の兄ではなく、「男の子」の意味)

 

縮小辞の例は多分どの言語にでもあるのではないかと思います。日本語なら、「べごっこ」(牛)の「こ」(広く東北弁)、「犬め」の「め」(茨城弁)

  

※ちなみに、拡大辞は英独仏語にはなく、イタリア語に特徴的なものだそう
  です。これと違う情報、追加的な情報が
あったら教えてください。


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2015/12/30

拡大辞(1)

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拡大辞(1)

 

高校生Yさんはある時「接尾辞はおもしろい」と言って、次の質問をしてきました。

millionの語尾の ion は接尾辞ですか?」

私は「うっ」とつまって即答できず、家に帰って調べてみました。 ion は接尾辞の一種で、「拡大辞」というものだそうです。拡大辞はそれがつく前の名詞の意味の大きさや多さを強調するときに使われるもののようです。Million で説明すると次のようになります。

 

Millionはもともとはイタリア語で millione です。Milleは「千」を意味し、oneが拡大辞です。拡大辞は名詞や形容詞がもつという意味での意味はもたず、「千」という数の大きさを強調するだけの働きをします。

 

拡大辞の反対は「縮小辞」で、それの前につく語の意味の小ささや可愛らしさを強調します。例:doggiedog の縮小辞。


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2015/12/29

thirtieth の発音

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thirtieth
の発音

 

ある高校生からの質問: thirtieth の発音について2つ質問があります。
  ①辞書には /θə:rtiiθ/ とあるのに、ネイティブの先生は /θə:rtiθ/ みたいに発音
     していました。どっちが正しいのですか。

 ②/tiiθ/ /i/ が2つ続くのであれば、/i:/ と伸ばしても同じことなのでしょうか。

   

①への回答:「どちらも正しい」です。

/tiiθ/ のように /i/ が2つ続く場合、2番目の /i/ は発音が少し変わって「ア」のようになることが多いからです。辞書によっては2番目の /i/ /ə/ (弱い「ア」)で表しているものもあります。

 

②への回答:同じではありません。

/i/ を2倍に長くしたのが /i:/ ではないからです。(逆に言えば、/i:/ を短くしたのが /i/ ではありません。)/i/ /i:/ は全く違った母音です。音の長さの違いではなく、質の違いです。例えば /i/ sit に現れる母音であり、/i:/ seat に現れる母音です。唇の開きや舌の高さなどが違います。


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2015/12/24

「平清盛」

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数年前、NHKの大河ドラマで「平清盛」が放送されました。

そのタイトルバックが実に印象的でした。

 

まず音楽。『梁塵秘抄』からの一節「遊びをせんとや生れけむ」が

魅力的な節回しで歌われます。そして、この歌と重ねて、少年時代

の清盛が木の枝の剣を揮う姿が写しだされます。木の枝を揮うのも

清盛にとってはまだ遊びの一部だったのかもしれません。

 

次に、壺から振り出されるサイコロの大写し。サイコロ遊びに最も

熱中しているのが後白河天皇であることが物語の進行とともに

わかってきます。(サイコロ遊びをするのは若き日の後白河天皇で、

『梁塵秘抄』を編纂するのは晩年の後白河法皇です。)

 

このテレビドラマのテーマの一つに「遊び」というものがあると感じます。

『梁塵秘抄』からの一節「遊びをせんとや、、、」が象徴的に人生=遊びの

図式を示しています。公家の世の中であった当時、新興武士の清盛は

「面白き世」をつくりたいと思っています。清盛の友人に海賊の首領がいて、

この男も「面白いことをしたいのう」と口癖のように言って、清盛の世直しに

手を貸します。

 

福原に理想の都をつくろうとして失敗し、結局、平家は壇ノ浦で源氏に

破れます。このことが歴史の語り手に「諸行無常」と感じさせるのでしょうか。

それとも、このテレビドラマの作者は、人間は、所詮、神の手によって振られる

サイコロに過ぎないと言いたいのでしょうか。


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